ポンペイ

ポンペイは、1世紀までナポリ近郊にあった都市国家。

ヴェスヴィオ火山の大噴火により、79年に壊滅した。

18世紀に発掘が開始され、現在は主要な部分が有料で一般公開されている。

その遺跡は世界遺産になっている。

末期はローマの属国となり、ローマ人の余暇地として栄えた。最盛期の人口は約2万人といわれる。

噴火直後に当時のローマ皇帝ティトゥスはポンペイに使者を出すが、市は壊滅したあとだった。

市民の大多数はローマなどに逃げたが、助からなかった市民も多くいた。

軍人でもあった博物学者の大プリニウスは、ポンペイの市民を救助するために船で急行したが、煙に巻かれて死んだことが甥の小プリニウスによる当時の記述により知られている。

また現代のポンペイは人口25751人のイタリア共和国カンパニア州ナポリ県のコムーネの一つであり、その中心部は古代遺跡とは少し離れている。

イタリア語での発音はeにアクセントがあるため、「ポンペーイ」に近い。

歴史イタリア先住のオスキ人によって集落が形成された。

紀元前7世紀、サルノ川の河口付近の丘に集落があった。
update:2010年03月16日